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초록
明治時代に立身出世を成し遂げた久米民之助は、衆議院議員の経歴とともに企業経営で蓄積した資本を土台に植民地朝鮮で鉄道会社を設立·経営した。政治家より実業家の道を選んだ久米は特に植民地において活動の場を模索した。朝鮮総督府の支援策に期待を寄せながら、久米は第一次世界大戦後の不景気において安全な投資先として名勝地金剛山に目を付けた。久米は金剛山の有する潜在的価値と開発を通じての利益を確信し、植民地朝鮮において私鉄の敷設と観光地の開発を構想したのである。その一方で、朝鮮総督府では「朝鮮開発」と「地方鉄道」の敷設のために「内地」の資本の流入が必須であるとみていた。主要な幹線鉄道は総統府が国鉄として運営するが、その他の地方鉄道は民間資本の誘致を図った。この為に、総督府は私鉄会社に補助金を支給し、国有地の貸与、鉄道車両の貸与など多様な方面で便宜を提供した。また、総督府運營の国鉄との連絡、金剛山の宣伝、国立公園計画などを通して金剛山の開発を支援した。久米の金剛山電気鉄道の設立課程と経営様態にみられる特質は、遠隔経営と人脈経営をもって説明できる。久米は1931年社長職のまま死亡したが、最後まで東京に居住しつつ短期間の視察で会社の経営にあたっていた。鉄道の専門家を専務取締役に起用し、現地での会社経営を任せていた。久米は本人と取締役の政治的ネットワークを最大限活用し、植民地の現実に沿っての私鉄経営を試みた。有名実業家をはじめ、鉄道専門家、総督府退任の官吏を起用し、会社経営を安定させる戦略をとった。取締役の政治的力量を利用し、政府と帝国議会に建議を行い、制度の改善と財政的支援を獲得した。総督府の支援策の下で私鉄会社は成長したが、それと同時に総督府との関係において従属的な位置に置かれた。これは結局金剛山電気鉄道の生まれつきの限界を示すものであり、総督府による会社の消滅を予期するものでもあった。
키워드
- 제목
- 사철(私鐵)과 금강산 개발을 통해 본식민지 지배 -구메 다미노스케(久米民之助)와 금강산전기철도-
- 제목 (타언어)
- A self-made man in Meiji, Kume Taminosuke and his Kongosan electric railway in colonial Korea
- 저자
- 이동훈
- 발행일
- 2024-12
- 유형
- Y
- 저널명
- 韓日民族問題硏究
- 호
- 47
- 페이지
- 153 ~ 194
- 언어
- KOR
- 출판사
- 한일민족문제학회
- 발행국가
- 대한민국
- 분량
- 42 페이지
- ISSN
- E 2733-9025
P 1598-8414