‘피폭 조선인 지우기’에 대한일본시인의 저항시 고찰

A study on the consideration of Japanese poet's resistance poetry to "erasing the bombed Koreans"
  • 이영희

초록

原爆の悲惨さは「日本人だけ」が経験した被害であると理解され、集合記憶から欠落した者が朝鮮人であった。本稿では、日本の被爆朝鮮人消しついて文学的闘争を展開した日本詩人の被爆朝鮮人に関する詩などを通じて、なぜ日本が疎外、差別、排除したのかを考察する。詩人栗原貞子、深尾須磨子と正田篠枝、御庄博実、森田進の詩では、「加害」と「被害」、「糾弾」と「謝罪」の交換の論理を盛り込んでいる。本文で紹介した医師であり、詩人である御庄博実などの文学者および一般市民たちは、日本と韓国の隙間から長い間排除されてきた韓国人被爆者に近づき、積極的に治療を受けさせた少人数の日本人として存在としていた。彼らのメッセージは、文学作品やさまざまな講演、また持続的な市民活動を通じて、<被爆朝鮮人消し>および<差別>は世間に広く知られ認識された。このような文学的な闘争が続く限り、核廃絶と相互共存に関する希望を持つことができるようになるとし、本稿を書く契機となった。

키워드

Atomic bomb; Hukao Sumako; Misho Hiromi; Korean; Resistance Poetry; 被爆; 深尾須摩子; 御庄博実; 朝鮮人; 抵抗詩
제목
‘피폭 조선인 지우기’에 대한일본시인의 저항시 고찰
제목 (타언어)
A study on the consideration of Japanese poet's resistance poetry to "erasing the bombed Koreans"
저자
이영희
DOI
10.21481/jbunka..94.202208.245
발행일
2022-08
유형
Y
저널명
日本文化學報
호
94
페이지
245 ~ 264